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2009年8月

2009年8月14日 (金)

イノリノイエ

久しぶりに夏らしい一日。
天気のよさにどこかへ遊びにいきたくなる気持を抑えつつ
今日もお店で制作。


大学の頃は、友だち皆に頼みまくってモデルをしてもらい
肖像画ばかりかいていた。
思えば4年間人ばかり飽きもせずに。。。。

卒業後ぱたりと人を描く気がしなくなり
その後何年もの間試行錯誤の日々が続いた。


このごろは建物ばかりかいている。
「これは教会ですか?」と良く聞かれるのだが
当たっていなくもないのだけれど
教会を描いているわけではない。

あくまでもボクのイメージで描いていて
何かを参考にしているわけではない。

当たっているというのは
このシリーズのテーマが “祈りの家”だから。
誰もが持っている、
探している、
持つべき、
心の中の、自分だけの祈りの場所。
そんなイメージで描いている。

フランスにいた頃、
田舎をドライブしていて
荒れ果てた廃墟のような教会をいくつも見た。
とても美しくて深く印象に残っている。
それから住んでいた町の近くにあったシャルトルの大聖堂。
とても素晴らし聖堂だった。
それに小さい時からお寺や神社が好きで今でもよく行く。
クリスチャンでも仏教徒でもないが
そういう祈りの場が好きだ。

ボクの絵達が誰かのそういう場になったら良いなぁ
と思って描いている。

House_10

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2009年8月10日 (月)

石原慎太郎と田母神俊雄の対談

どうにも先日書いた広島のこと、田母神俊雄という人のことが気になって色々見ていたらこういう映像を見つけた。


この映像は5まで続きます。

もっともらしいことを語っておられるが釈然としない。
石原氏は威圧的にどうどうと物事を語るので一見説得力があるのだが、
冷静に彼らの言っていることを吟味してみて欲しい。

ボクは明らかにおかしいと思う。

彼らの様に圧倒的な発言力と影響力を持つ人間が、
メディアを使ってこのような馬鹿げた発言を堂々としている。
これが現実だ。

コトバはとても力を持っている。
表現者はコトバに責任を持たなければならないと思う。

考えてみて欲しい。

正しいこととは何か。

表現の自由とは何か。

参考までに北山耕平氏のブログhttp://native.way-nifty.com/native_heart/2009/08/hiroshima-day.html

田母神氏は日本も核兵器を持つべきだと言う。

“核兵器”に対して「NO」と一番はっきり言うべきは、言えるのは日本人だとボクは思う。

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2009年8月 6日 (木)

8月6日 続き

ニュースを見ていて驚いた。
いったい何を考えているんだろう。。。
怒りより悲しくなる。

以下 ニュースの記事

田母神氏が「核武装」主張=原爆の日、ドーム近くで-広島
2009年8月6日(木)21時45分配信 時事通信

「原爆の日」の6日夜、政府見解と異なる歴史認識を示して更迭された田母神俊雄前航空幕僚長による「『ヒロシマの平和』を疑う」と題した講演会が広島市で開催された。主催者の日本会議広島によると、約1300人の聴衆が集まり、田母神氏は「(広島、長崎に次ぐ)3度目の核攻撃を受けないためには核武装するのが普通の考え方」などと約2時間にわたって持論を展開した。
 会場のホテルから200メートルほどの原爆ドーム前では、約300人が集まり、シュプレヒコールを上げるなどの抗議活動を展開。ホテル周辺には数十人の警察官が配備されるなど、ものものしい雰囲気もあったが、特にトラブルはなかった。
 この講演には、広島市の秋葉忠利市長が「心静かに慰霊を行う遺族などの悲しみを増加させる」として日程変更を求めたが、講演後に記者会見した日本会議広島の中尾建三理事長は、「わたし自身も被爆者。祈りの日であることは違いないが、この日に(講演会を)やることに意義はあるのではないかと考える」と述べた。

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8月6日

今日は

日本人にとって

いや、人類にとって

決して忘れてはならない日

もしも学生時代を広島という街で過ごしていなければ、
ここまで強く意識することはなかったかもしれない。

事実、ボクの生まれた神奈川やここ栃木でも、
この日のことを思い出させてくれることは何もない。


決して忘れてはならないことなのに。。。。

今日も残り僅か。しばし黙祷することにしよう。

Top01


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