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2008年10月

2008年10月29日 (水)

cocoloya

内装はほとんど完成してしまった。
してしまった。。。
作っているのがホントに楽しくて、出来てしまうと何だか寂しいようだ。

だが90%くらい思った通りに出来たので満足している。我ながら良くやった。


モノを作るのはそれが何であれ面白い。
思う存分時間をかけて楽しんで作った。
この経験は今後絵を描くのにも良い影響があると思う。


作業はほとんど全部一人でやった。
一人でやりたかった。
自分のイメージを人に伝えるのはどうしても難しいから。

絵を描く時とまるっきり同じ感覚で作れた。
今までで一番の大作。


そしていよいよ絵を飾る。
絵を置く事でどう見えるか、どう変わるか、今はそれが楽しみ。

何度も写真を撮っているのだけどなかなかうまくいかない。
カメラの性能もボクの腕もいまいちなので、満足出来るモノが撮れるまでまだお見せ出来そうにありません。


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2008年10月19日 (日)

日々制作

来る日も来る日も大工仕事に精を出しております。
ブログを書くのが面倒くさかったわけではなく、書こう書こうと思いながらも、夜は疲れてしまって、体調もいまいちだった事もありなかなか更新出来なかったわけです。

ギャラリーは順調に完成に近づいている。
作家集めも順調。
心中はかなり盛り上がっているのだけれど、正直疲れが出始めていてペースはおちている。

ともあれ予定通り来月末にはプレオープンにこぎ着けそうです。

あぁ今日も眠い。。。。
それでは報告まで、おやすみなさい。

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2008年10月 7日 (火)

いる

ここのところ娘を寝かしつけるのはボクの役目。
うちは布団を川の字に敷いて寝ているので、ボクを挟んで逆側では妻が息子におっぱいをやりながら寝かしつける。

何冊か絵本を読んだりして、やっと娘が寝ると、部屋は急にシーンと静まり返る。
子供と過ごす生活は何しろにぎやかだ。
だからその静けさがとても心に染み入る。


今の季節、庭では虫達が大合唱を繰り広げている。
車の音もほとんどしないし、家の前を歩く人もいないから、
その心地よい歌声だけをバックに、娘の小さな小さな寝息を聞きながら目を閉じる。
隣を見ると、妻が座って授乳している何とも美しいシルエット。
そして息子の小さいけれど力強くおっぱいを吸う音。


ドタバタした毎日の中で唯一変わらぬいつもの一コマ。
この瞬間に、同じ様にいつも、息子、娘、妻の存在を強く感じる。
確かに息子は”いる”。
娘は、妻は、ここに”いる”と。

ただただ”いる”と強く感じる。
そして同時に自分を感じる。
”オレはここにいる”と。
強く強く強く強くそう感じる。

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2008年10月 5日 (日)

横浜で生まれ育った。
大学は広島。
半年足らずではあるが高崎に、その後は東京に住んでいた。
フランスの田舎町に8ヶ月いた事もある。
旅行は大してしていないが、それでも国内外の街を訪ねた。


各街ごとに良さも悪さもある。
住んでいるときには気づかない事、住んでいるうちに当たり前になってしまう事。
また、離れる事で思い出す事、忘れてしまう事もある。


東京。
ボクがいた、もしくは行った街の中でも一番強烈なトコロ。
魅力も、イヤな点も強烈だ。
当たり前の事が当たり前じゃないトコロ。
人とモノと建物とアスファルトで埋め尽くされた街。

ボクは今この街にでっかい違和感を感じている。
最初はフランスから帰ってきた時だから3年前。それからずっと。

横浜も東京の延長上にあって似たようなものだ。
だから今まで違和感など感じた事は無かったのだが、今は東京に行く度にその違和感に押しつぶされそうになる。
漠然とである。理由は分からない。


違和感。
東京は何かがおかしいと感じる。それが何であるか分からない。
東京にいる人達は気づかないだろうか。
いや、同じ違和感を感じている人もたくさんいるはずだ。


天気のよい日の昼間に、出来るだけ高い所から東京を見渡して欲しい。
何かを感じるだろうか?
何も感じないだろうか?


魅力も十分知っている。
ボクはどちらかと言えば、一カ所に定住するタイプの人間ではない。
でも二度と住む事は無いだろう。
より住んでいて気持のよい場所に行きたいから。


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2008年10月 4日 (土)

文化

今日は祖父、祖母の法事で朝から東京へ行ってきた。
お寺でご住職がお経の後にこんな話をして下さった。


いま世の中では、政治、経済、文化の中で、特に政治と経済が大切にされている。
そして、この二つがお金儲けを第一とする現在の競争社会を作り出している。
このような社会では文化、つまり、芸術や宗教などはお金にならないという理由で重要視されない。
しかし、文化は社会の中で人々の栄養となる存在。いわばこの社会は栄養不足の不健康な状態だ。
そして宗教の役割を例えるならば“薬”であろう。

以上だいぶはしょったがこのような事を言っておられた。
そして、この文化をこそ大切にするべきであり、宗教についてもっと考えるべきであると。


まったくその通りだと思った。この話が聞けただけでも渋滞の首都高を通ってわざわざ行ったかいがあった。


ボクには特に信仰している宗教は無い。ただ絵を描いて行く中で、自分と向き合い人生について考え、宗教と神についても考えざるを得なくなった。
特にもともと芸術は宗教と密接な関係にあったから、考えるのも必然的なわけだが。
そして、ボクは神という存在を信じるに至っている。
ただ宗教という枠には捕われず大きな意味でだ。

”神”、それは、ボクらの力の及ばないもの。未知のもの。
自然界にあり、心の中にあり、宇宙にあるもの。
風が、山々が、海が、木々が、あらゆる生き物達が、また我々自身もが彼の一部でしかなく、我々は自分の役目を全うするために生きているのだと。
そう信じている。

こうは書いたが、同時に、矛盾しているようだが、神様がいようといまいとそんな事はどうでも良いのだ。重要なのはそう信じることが今のボクにとって自然であり、リアルであること。


まぁともかく文化が蔑ろにされているのは誰の目にも明らかな事だろう。
それが状況を悪化させている事も間違いない。
そのことを一人一人が真剣に考えるべきであると思うのだ。

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